ポール・グリーングラス監督映画『7月22日』の感想/紹介記事となります。
ノルウェーのウトヤ島で実際におきた銃乱射事件を題材にした本作。
前回の記事で取り上げました映画『ウトヤ島、7月22日』と同じ事件を扱っています。
(あわせて読みたい記事→【映画】『ウトヤ島、7月22日』ただ、銃声と悲鳴だけが)
しかし、作品がフォーカスした部分や表象されたものに違いがありますので、この記事では、まず2作品の比較をして、つぎに本作で感じたことを記していきたいと思います。
(※おおいに執筆者の主観がまじっていることをご留意ください)
(あわせて読みたい記事→【社会派ドラマ】特集「悲劇にみる人間の輝き」)
(音声はこちら→『7月22日』思想を凌駕する”感情”)
あらすじ・解説
「ジェイソン・ボーン」「ユナイテッド93」のポール・グリーングラス監督が、2011年7月22日に起こったノルウェー連続テロ事件を題材に描いた実録ドラマ。単独犯としては史上最多となる77人の命を奪った実行犯のアンネシュ・ベーリング・ブレイビクが逮捕後に獄中や裁判で繰り出した発言や、テロ事件の被害者となった若者とその家族たちが苦悩しながらも、心の拠り所と正義を求めて歩み始めるまでの姿も描いた。11年7月22日、極右思想を持ったノルウェー人のブレイビクが首都オスロの政府庁舎前で爆弾を爆破させて8人を殺害。さらに労働党青年部のサマーキャンプが行われていたウトヤ島で無差別に銃を乱射し、69人の命を奪った。ウトヤ島でブレイビクの凶弾に倒れた少年ビリヤルは、九死に一生を得るが、脳に銃弾の破片が残ったままで、以前のように自由も利かない体になってしまい、苦悶の日々を送る。やがて世間ではブレイビクの裁判が始まり……。18年・第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。Netflixで2018年10月10日から配信。
映画.com
凄惨な爆破テロと銃乱射事件を開始30分で早々に描ききり、以降は…
・実行犯の勾留の様子や裁判の過程
・被害者とその周りへの影響
・政府の動向
を同時並行して映しだす社会派ドラマです。
実行犯アンネシュの動機や思想を、彼を弁護することになる弁護士の視点、被害者とその家族が事件以後にどう変化してしまったのかが緻密に描かれ、くわえて政府の動向をも描写することで、実際に起きたテロ事件を俯瞰した物語として構成するのに成功しています。
以下では、前回の記事で取り上げました映画『ウトヤ島、7月22日』と比較することで、本作で表現されたものが何かを探り、つぎに私が本作で感じたことをしたためていきます。
『ウトヤ島、7月22日』との比較
映画『ウトヤ島、7月22日』と本作の比較を記します。
まず大きな違いとしては、実行犯アンネシュをしっかりと描いている点です。
『ウトヤ島~』では、労働党青年部のサマーキャンプで起きた銃乱射事件を学生たちの視点からのみ描いていました。実行犯の姿はほぼ皆無でありまして、そこに「わからない」や「不明瞭」の”恐怖”が演出されていました。しかし本作では、実行犯アンネシュの姿を前半のアクションシーンから以降ドラマ部分でも濃密に描写されており、彼がなぜテロ事件を実行したのかの動機もわかるようになっているのです。
アンネシュの銃を構え発砲する姿や学生に着弾するシーンなど、アクションも緊迫感のある活劇としてしっかり描いているため『ウトヤ島~』よりも娯楽性が高く感じます。しかし、このアクションシーンはあくまで導入部。本作の魅力はその銃乱射事件のアクションではなく、その後の社会派ドラマのほうにあります。
そのため、『ウトヤ島~』に比べ登場人物が格段と多いのも特徴です。
実行犯アンネシュと被害者の学生たちに加え
・被害者家族
・アンネシュの弁護士
・弁護士の家族
・政府
・警察
などなど、ほかにも多くの人物が物語に登場します。
人物が多くなることで、実際に起きたテロ事件を中心として、かかわった者たちを相対的に描写することとなります。この相対性の向上が本作のスケールを広げています。
『ウトヤ島~』で切り取られたのが被害者の”恐怖”という心情にのみフォーカスされていたのに対し、本作はテロ事件”以後”がメインに描かれているため、被害者のPTSDについてや家族への影響、実行犯の思想の解剖、世論と政府の対峙、などのテーマにも踏み込んでいるんですね。
『ウトヤ島、7月22日』
⇒ヒューマンドラマ
『7月22日』
⇒社会派ドラマ
とするジャンルの区分をあてがえば、2作品の違いがわかりやすいです。
思想を凌駕する感情
今作で表象されたものを1フレーズにあらわすと…
思想を凌駕する”感情”、となります。
物語はさまざまな人物のドラマを展開してはいるものの軸となる人物が2人いるように思います。それが、被害者→ビリヤルと実行犯→アンネシュです。
この2人に注目して今作の内容について考えますと、「変化」と「貫徹」というワードそれぞれに対応しているように思うんですね。
・テロ事件により心身ともに甚大の被害を被ったビリヤルの「変化」
・テロ事件から「貫徹」して思想を主張するアンネシュ
という具合です。
アンネシュは勾留中も弁護士をとおして絶えず自身の政治思想を主張しているのに対し、ビリヤルや彼を取り巻く人物はテロ事件の被害により「変化」を余儀なくされた状況にあります。ここに、なにかを「変化」させてしまうある人物の「貫徹」が孕む”暴力性”をみます。
アンネシュの「貫徹」される政治思想が”テロ”という文字通りの暴力にあらわれるんですね。ポイントがアンネスが「心神喪失ではなく思想のための行動だ」てきなことを言っているということ。減刑を辞してもとられる一貫したアンネスの言動が、彼の”理性”からくるものだということを示しています。
そして、視力の喪失や四肢の損傷にくわえ、PTSDといった精神被害をも被っているビリヤルは、”感情”をキーワードとして彼と彼をとりまく環境がことごとく変化していく様が描かれます。
「貫徹」される”理性”と変化を余儀なくされる”感情”を、アンネシュの継続される計画とビリヤルの苦悶に満ちたリハビリに対応させ、それらを同時並行に対比的に描くことで、テロ事件が巻き起こした凄惨な実態が如実に表現されているんですね。
しかし、この項目の題にあるとおり”感情”が思想を凌駕するさまが後半に描かれるんですね。
「”感情”によって結ばれる人間の絆」の美しさ、ぜひ鑑賞してみてください。
まとめ
2011年7月22日にノルウェーのウトヤ島で実際に起きたテロ事件を題材とした映画『7月22日』。今回はおなじ題材を扱った映画『ウトヤ島、7月22日』と比較して魅力をお伝えしてきました。
2つの作品を一緒に観ることで、凄惨な事件の実態を知り、想いを馳せることができます。映画という力を借りて表現される人間の悲劇を感じて、なにかを考えるきっかけになればと思います。
・社会派ドラマが好きな人
・ジャーナリスト志望の人
・まじめな人
におすすめです。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。
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