
夜更けの刻限。厚い雲を翼にした古い邸宅が、黒い靄に覆われ冷ややかな風を受けていた。アーチ窓は影のみ滞留し、扉は黙して開く気配がない。錆つく柵と険しく繁茂する砂利は、秘密を守るべく闖入を頑なに拒む雰囲気があった。森々とした敷地には、積みあがったレンガや倒れた三輪車といった文明の名残りがあるほかは、凍結した大気が漂うのみで、伝い落ちる涙のような軌道でひび割れた壁面は、深刻になるばかりであった。泥沼で藻掻きながら這うミミズが湛えた幽玄の底のほうにある時間のなか、この邸宅が沈黙する限り、だれもなにも語れはしないだろう。
室内照明の色味。ベットのやさしい反発。色彩豊かなお皿が収まる食器棚。コーヒーでできたソファの染み。転んでへこませた壁。天まで昇る螺旋階段。多くのことを思いだしていた。
鍵は持っている。ただいま、母さん。
ホラーの幻想が、美しい人間ドラマにつながる
Netflixで鑑賞できるアメリカのホラードラマです。監督はマイク・フラナガン。映画『シャイニング』の続編にあたる『ドクター・スリープ』を手がけており、ホラー作品を多く制作している方のようです。スティーブン・キングと一緒にインタビューに答えている動画をYouTubeで視聴できます。キングのファンであり、作品づくりの底流にキングのイズムがあるとのこと。
ホラーの幻想が人間ドラマを深くすると、この手の作品を鑑賞するたびに、しばしば思わされます。今作で言えば、子どもパートと大人パートの交錯です。子どもから大人になるのだから、大人になった自分は、子ども時代の自分に合うことはできません。しかし、幻想であればそれができる。直線状に進み続ける時間の定めを克服し、時間軸が円環上になったならば、言いたかったけど言えなかったこと、やりたかったけどできなかったことといった、残していってしまったけれど手放せずにもいる寂寥を、やさしく掬いとることができる。人間の深部・暗部に迫るためのホラーという幻想。キング原作のITシリーズでも同様の展開があったと感じております。
論理から遠い世界で、怖れながら愛しながら生きていく。人間の美しさを成立させるごく当たり前の要素として、ホラーの幻想があるのだと思います。


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