【映画】『トリコロール 赤の愛』愛は真実【クシシュトフ・キェシロフスキ監督作品】

出典:IMDb

映画『トリコロール 赤の愛』の感想/紹介記事となります。

ポーランド出身のクシシュトフ・キェシロフスキ監督による映画です。わたしの好きな映画監督でして、欧州のあらゆる様式美を存分に味わうことのできる映画を撮ってくれています。

本作はフランス国旗の3色(トリコロールカラー)が象徴する自由(青)・平等(白)・博愛(赤)をモチーフに、制作されたトリコロール3部作の三作目にあたる映画です。

青の愛 ⇒ 愛からの自由
白の愛 ⇒ 平等な愛
赤の愛 ⇒ 愛は真実

を描いた映画だと思っておりまして、どれも哲学チックな重いドラマ。なかでも赤の愛は、人物ふたりの”対話”に比重がありますので、作劇的に退屈に思われる方が多いかも。しかし、抽象的なメッセージが込められた物語がお好きな方には、とてもおすすめな作品です。

同監督の手掛けたドラマシリーズ『デカローグ』についても交えつつ、『トリコロール 赤の愛』を紹介します。

(※おおいに執筆者の主観がまじっていることをご留意ください)

(あわせて読みたい記事→【映画監督】特集 映画監督で選ぶおすすめ作品5選【おすすめ】
(音声はこちら→『トリコロール 赤の愛』愛は真実

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あらすじ

ヴァランティーヌはモデルをして暮らしていた。一方、通りを挟んだアパートには法学生のオーギュストが住んでいた。ある日、ヴァランティーヌは車で犬を轢いてケガをさせてしまい、犬の首輪にあった住所をもとに飼い主を探りあてて訪ねるが、そこに住んでいたのは隣人の電話の盗聴を趣味とする年老いた元判事のジョゼフだった。彼の盗聴を「卑怯だ」と哀れむヴァランティーヌに、ジョゼフは自分が人間不信になった若き日を告白する。一方、オーギュストは、司法試験に合格したが、恋人が離れていき悲しみに暮れていた。

引用:映画『トリコロール 赤の愛』Blu-ray箱裏+執筆者修正
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真実への恐怖

映画の解釈をひとフレーズにすると…

人間は”真実”と、どう向き合うのか

を描いた映画となります。

「知らないほうが幸せなこともある」という言葉があるように、真実を知ってかえって不幸になることもある。

実体験で言えば…
わたしは俳優の池松壮亮さんが好きなのですが、学生のころに、映画館で池松さんとある映画監督の対談があり、はじめてそこで生の池松さんを拝見しました。くわえて、握手までしたので、それはもう充実した日になったのですが、当日、わたしはある不安を抱えていたんですね。それは、もし池松さんが思っていた人じゃなかったらどうしよう、という不安です。わたしの理想を投影していた彼に、現実で出会って、もしそんな真実を知ってしまったら、いままで抱いていた池松壮亮に対する理想が一気に崩れてしまうという恐れ、があったんですね。

こんな感じで人って”真実”を知ることへの恐れ、があるものだと思うんです。(実際は、とても素敵な人でより好感を抱いて済みました)

なぜなら、人間は不条理、社会は無秩序、世界は残酷、それが現実だから。この前提にある社会・世界に生きるわたしたちは、あらゆる可能性に開かれている、良くも悪しくも。ゆえに、比較的に不幸に見舞われた人が”理想”に逃げ込むことは、現実の苦しみ悲しみを和らげるための極めて健全な手段だと考えられるわけです。

わたしにとっての”理想”は「映画」です。

一度もヨーロッパを訪れたことのないわたしが、リード文で”欧州の様式美”と記したのも今までに観てきたヨーロッパ映画でかたどられていたあらゆる”理想”をみているからに違いありません。

しかし…
ヴァランティーヌの美しさは、イレーヌ・ジャコブの美貌です。007のジェームズ・ボンドは実在しません。

この非情な真実に、わたしたちは絶えず晒されては、逃避を行っている。それでも人間の”真実”を投げかけてくる、そんな映画です。

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真実の演出

今作はこの”真実”に翻弄される三人の人物を主軸に物語が展開されます。
ヴァランティーヌ → 「モデル」
ジョゼフ → 「元判事」
オーギュスト → 「法学生」
矢印で仕事・立場を示したのは、本作のテーマである”真実”をめぐる切り口になっていると思うからですね。

ジョゼフの職業をヴァランティーヌが尋ねる場面で、「刑事?」「判事だ」と強調されます。
刑事 ⇒ 善悪を容疑者にあてがう
判事 ⇒ 被告人の真実に迫る
といった感じでしょうか。

元判事のジョゼフは、善悪はともかくとして、人間の”真実”に向き合うことを仕事としていた。法学生であるオーギュストの将来の姿と重なります。

一方、ヴァランティーヌはモデル、ほかにもバレーのレッスンをする描写がありますね。
モデル = 表現者
と結び付ければ、ヴァランティーヌが”真実”とは離れた存在と考えることができます。いわゆる表現が、どんなにリアリティのあるものであったとしても、決して”虚構”からは抜け出せません。

そんな背景をもつジョゼフとヴァランティーヌの対話がこの物語のキモです。

真実を探求する裁判所、果たして本当に真実に迫れるのでしょうか。
なかなか難しい…。
なぜなら、裁判所のなかにおいても”虚構”を演出することが可能だからです。つまり、嘘をつくです。

被告人は表現者となって、真意を隠すことができる、罪を免れる。どんなに高尚な判事であっても、”真実”にはほど遠い。

”真実”は、当人にしかわからない

電話を盗聴するジョゼフの真実への執着はこれが理由であり、物語後半、オーギュストを襲う悲しみの正体でもあります。

自分と他者との隔絶、どんなに結びつきのつよい他者と思われた人でも、真意の共有は難しい
まえの記事で取り上げましたヨアキム・トリアー監督作品『母の残像』にも近しいテーマ性を感じます。
(あわせて読みたい記事→【映画】『母の残像』『テルマ』感想【ヨアキム・トリアー監督作品】

真実の遠さ、ゆえの善悪の不透明さに翻弄されてきた元判事であるジョゼフ。そして、彼のもとにヴァランティーヌが訪ねてくるんですね。

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寛大な人間

ヴァランティーヌの台詞に「人間はもっと寛大なものよ」的なのがあります。

人間不信に陥っているジョゼフにとって人間の寛大さについてを語るヴァランティーヌの存在は大きい。2人は対話をとおして、距離を縮めていきます、美しい。ここでポイントなのが、ジョゼフが自分の過去を語っていることです。

自分の過去 = 当人しかわからない”真実”

過去を語ることをとおして、ある種セラピー的に、ジョゼフの人間不信が解消していく過程が描かれます。まえの記事で取り上げましたイザベル・コイシェ監督作品『あなたになら言える秘密のこと』が連想されます。心に傷を負うした女性と体に傷を負う男性が対話をとおし、回復していく物語です。心の傷はからだのそれとは違い、甚大であることが対比的に描かれていました。
(あわせて読みたい記事→『あなたになら言える秘密のこと』『マイ・ブックショップ』威厳と繊細さ

対話のシーンでは、の演出が素敵です。
ヴァランティーヌがランウェイで歩くときには、カメラの青白い光が彼女をおおい。ヴァランティーヌとジョゼフの対話シーンでは暖色系の光もしくわ陽光に包まれます。前者と後者を、光に晒される”虚構”と”真実”とで対比的に表現されているように思います。

で、”真実”がむごい可能性を孕みつつも、人間の寛大さを信じ、ジョゼフが過去を話せたのはなぜか。例外なくヴァランティーヌも自分の家族のことに関して嘘をついているのに、寛大さを諭せるのはなぜか。

それは、人間には博愛があるから。

物語には「犬」がたびたび描かれます。
・犬を救うヴァランティーヌ
・子犬を愛でるジョゼフ
・飼い犬を抱えるオーギュスト

本作において、犬は博愛のメタファーなのだと考えられます。

クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『デカローグ』という作品は十篇のドラマで構成されたオムニバスです。あらゆる人間の諸相を、リアリティ重視で、緻密に人間の情緒を織り交ぜつつ描かれます。

そのなかのお話で
「ある愛に関する物語(#6)」
「ある孤独に関する物語(#9)」
というものがあり、
どちらも”真実”を知るために、
「覗き」をするシーンがあります。
#6
→青年がとなりのアパートの女性を窓越しに覗く
#9
→旦那が妻の浮気を疑いタンスのなかから覗く
といった具合です。

ばれて修羅場になるというドラマ展開で、最終的には真実と思われる愛に着地しているんですね。

今作『トリコロール 赤の愛』でも、おなじ着地だと思うんです。”真実”を引き受けることができるだけの寛大さ、そして、その寛大さの源流にある愛を実感する、ということ。

広告のモデルとして写されたヴァランティーヌではなく、映像にうつる”真実”のヴァランティーヌをみてジョゼフは安堵する。その安堵は、愛は真実であるというのに余りある実感だったのではないでしょうか。

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まとめ

映画『トリコロール 赤の愛』を紹介しました。3部作の三作目なので、視聴する際はご注意ください。

人間ドラマを堪能するにはクシシュトフ・キェシロフスキ監督の映画がぴったりですね。おかたい物語が多いですが、そういうの好む人には刺さると思いますよ。

・深い話が好きな人
・ヒューマンドラマが好きな人
・ヨーロッパの雰囲気を堪能した人
におすすめです。

ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。

(『トリコロール 青の愛/白の愛/赤の愛』トリロジーBOX)

(『デカローグ』十篇のドラマシリーズ+初期作品)

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