映画『爆弾』一縷の希望を投下する|永井聡監督

(C)呉勝浩/講談社 2025映画「爆弾」製作委員会

恐怖心を生むものが、圧倒的な他者性だとすれば、他者を知ろうとする取り調べという行為は、恐怖を克服していく過程なのではないか。類家は、そのようにして、この残酷な社会を生きてきたのではないか。

等々力も然りである。映画『悪の教典』の早水圭介よろしく、クールな人物を演じる染谷将太さんには、恍惚とする。瞳がくっきりしているからこそ、半開きの目のときのアンニュイがより際立つ。残酷を達観し、社会を超然する、独特なまなざしだ。身体性が、キャラクターの精神性と見事にシンクロしていた。「気持ちはわかならくもない」と口にできる彼は、とても正直で、優しいのだと思う。怖さがないわけではないが、人間はそれを克服できると信じているから、社会は捨てたものではないと思え、不幸せではないと言える。

類家と等々力の関係性が、魅力的であった。猫を被る類家、虚ろな等々力。両者の社会に対する目に見える姿勢は違うけれど、根っこの部分では、同じ恐怖を抱いているように思う。その恐怖と直面し続けてもなお、社会をよい方向へともっていこうとする目的は、共通しているのだろう。

映画『爆弾』は、他者性のための猜疑と不信で暗鬱とする社会に、一縷の希望を投下した。

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