【映画】『BECKY/ベッキー』理性をしのぐ本能の美しさ

(C)2020 BECKY THE MOVIE, LLC

最高の映画にまた出逢うことができました。

『BECKY/ベッキー』ですね。

主演はルル・ウィルソン。
死霊館シリーズ『アナベル 死霊人形の誕生』やAmazonオリジナルドラマ『モダン・ラブ』に出演してますね。かなり童顔でして、そこが今作においてうまくバエています。

スリラー系で何も考えずに楽しめそうな映画と思い、気楽に鑑賞しようとしたのですが、とんでもなかったですね。すごく感慨深い作品でした。

たとえば、わたしが世の中に喧伝したいことは何かと問われたら、こちらの映画をおすすめしてしまうかもしれません。

人間関係で辟易としている人には、よい処方箋になるのではないでしょうか。

以下に感想/紹介記事をしたためていきます。

(※おおいに執筆者の主観がまじっていることをご留意ください)
(音声はこちら→『BECKY/ベッキー』理性をしのぐ本能の美しさ

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あらすじ・解説

『ブッシュウィック 武装都市』『ゾンビスクール!』の監督コンビが描く、13歳の少女VSネオナチ脱獄犯の壮絶バトル!母親を亡くした少女ベッキーは、父の再婚相手を紹介されて滞在中の別荘を飛び出してしまう。ところが脱走した凶悪犯4人組が押し入り、ベッキー以外は人質にされてしまった。恐るべきスキルを駆使するベッキーの反撃が始まる。『アナベル 死霊人形の誕生』の子役ルル・ウィルソンが繰り出すバイオレンスが痛快&戦慄。全米興行では2週連続1位となったヒット作。

引用:Filmarks

バイオレンスが痛快はまさにでしたね。予告編だけみるとコミカルな映画かと思っちゃうんですけど、ちゃんと生々しくグロテスクです。

単に映えのためだけというのではなくて、この”生々しさ”が大切なポイントになっています。

というのも…
ベッキーの童顔さと生々しい残虐性とのギャップが、この映画のテーマを示すのにうまく作用していると思うからですね。

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理性をしのぐ本能

冒頭、学校でのいじめ(喧嘩?)と刑務所でのリンチが交互にうつされます。
学校や刑務所 → 社会構造

この社会構造は人間が理性によってうみだしたものであります。
学校 → 子ども
刑務所 → 大人
と対応していて、かつ教育・強制が施される場所であるといえます。
理性的な機関で、理性的な人間(刑務官、教師)が、人を理性的な存在に教育する
…って感じでしょうか。

しかし、学校ではいじめがおこり、刑務所ではリンチがおきています。ここでは社会構造の瓦解理性の限界が示されているように思うんです。

教育しようと、強制しようと、理性をしのいでしまうものがある。

本能ですね。

この映画では、理性と本能が大切なポイントとなっているように思います。
理性で保たれる社会構造がひとたび瓦解すれば、残虐な本能が剥き出しになる
とキザにまとめておきます。

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愛のベッキー VS 思想の囚人

今作では別荘が舞台となっていて、湖を囲む森があるような場所で都会から離れた立地です。社会構造が希薄な場所といえますね。

そんな場所に脱走した囚人4人がやってくる。それで前述したあらすじどおりに事が運ぶわけです。

Netflixシリーズの映画『ザ・トリップ』とシチュエーションが同じです。違うのは大人VS大人ではなく、子どもVS大人という部分ですね。

それでこの映画は”子ども”だからこその危うさがあります。というのも、子どもは大人に比べ理性的でないということです。くわえて、ベッキーの心境と物語の展開が相まって、本能がベラボーに爆発するんですね。そこが見どころでもあります。

対して、こわもてな囚人4人は案外理性的なんです。彼らには思想に根差した計画があるんですね。思想をもつということは、理性の営みです。

本能のベッキー VS 理性の囚人
という構図となります。

ここでちゃんと残酷な戦いが勃発します。
ここが楽しい。

あらすじ・解説のところでふれました。ベッキーの童顔と残虐性のギャップがテーマに作用というのはそのことで、不条理性がより強調されていると思うからですね。

公正世界仮説」という概念、認知バイアスがあります。

・公正-世界仮説は、一見、説明不可能に思われるできごとに心地よい合理化をあたえ、世界をカオスや無秩序から救いだすように機能する

・「公正な世界」へのかたくなな信念を抱いている者は、それだけ権威主義的で宗教的で既存の社会的政治的制度を賞賛する傾向を示しがち

引用:『心理学大図鑑』(著)キャサリン・コーリンほか、(訳)小須田健、(出)三省堂、p242

「良いことしていたら天国、悪いことしていたら地獄、だから、良い子でいようね」って感じの概念で、こう思いがちな認知バイアスが人間にはあって、公正世界信念というようです。

ベッキーの父は「話をきけば、解放される」的なことを発言していましたので、公正世界信念のバイアスにかかってたといえますね、落ち着くために秩序立てようとしていたということ。

でも、世の中はもっと無秩序で不条理なのよーっていうのは感覚的に分かります。理性で秩序立てられるのは、社会構造が盤石になっている場合のみでしょう。

少なくともベッキーのおかれた状況は、公正世界信念はあてにならない。
圧倒的に、理性 < 本能 なんです。

理性が抑制され、本能が活性化した状態
= 野性的、残虐性

ベッキーの童顔からはかけ離れた残虐性が、理性と本能というテーマを強調してみせることに成功しています。

文房具や車といった、社会構造をうみだした理性の賜物を豪快に武器として用い、爽快に戦ってみせる美しさたるや、最高ーーー!
理性では対処しきれない状況において、ベッキーの本能が開花というか回帰していくさまが描かれるんですね。

この後半の展開にむけて、前半では理性的なものが描かれてきました。
・冒頭の面談シーンでの大人
・学校での教師の呼びかけ
・囚人に足錠(レッグカフというようです)をかける刑務官
・コンビニにいた「マギル家族会」(なんじゃそれ)
・餌をもらいまくる犬ディエゴ(もう一方の犬ドーラと対比されています)
等々。

こういった理性的なものを積み上げつつ、そのうえでの後半、ベッキー本能爆発ですよ、最高ですよ。
なぜ最高なのかを考えますと
理性 < 本能 = 自由 だと思うから。

バイオレンスアクションを観ると同時に、ベッキーの自由を観ているんですね。

みなさんは「やさしさに疲れる」なんて思ったことありませんでしょうか。理性によって作り上げられた社会構造に辟易してしまうことなど…。「マギル家族会」よろしくなやさしさで息苦しいこの世界

わたしは結構感じておりまして、たまには本能を爆発させたいという感情がある。この思いがあるからこその感動ですね。

ここまで読むと、ベッキーやばいやつと感じているかと思います。ですが…
本能 = 愛
ということも忘れてはいけません。

これについて書きたいところですが、ここに関しては文章よりも映画体験で味わっていただきたいので、あとは映画を観て、みなさん自身でベッキーの愛についてを見届けていただきたいと思います。

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まとめ

ほんとうに最高な映画でした。

理性的に生きることも当然必要ですが、わたしたち人間もちゃんと本能があるって自覚も大切だ…ということを思い起こしてくれる映画です。

・人間関係に辟易している人
・痛快バイオレンスアクションをお望みな人
・愛について考えたい人
におすすめです。

ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。

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