【特集】Netflixドラマ『ブラック・ミラー』私的おすすめ5選

Netklixのブラック・ミラー。知っている方も多いのではないでしょうか。イギリス制作のオムニバスのSF作品。シーズン7まで配信されていて、シーズンごと3〜6話、約60分の物語で構成されています。脚本家・プロデューサー、ほかにもクリエイティブにおいて様々な肩書のあるチャーリー・ブルッカーが代表的なスタッフとして名を連ねています。

作品の印象は、どんでん返しがすごいとか、近未来に起こりそうな人間による恐怖を描いているなどが大方かと思いますが、今回わたしが主張したいのは「それだけではない!」ってことでございまして、あわよくば読んでくださる方の共感を得たいという目的があります。もちろん、ブラック・ミラーを未視聴の方にも参考になる内容かと思いますので、最後まで読んでいただけると大変よろこびます。

独断と偏見で5つの物語をピックアップしておりますので、ブラック・ミラーシリーズで顕著と思われるSFホラー味のある物語の選抜とは、すこしズレてしまっていることを、あらかじめお伝えしておきます。

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ずっと側にいて(シーズン2)

(C)“Black Mirror.” Credit: Courtesy of Netflix

散文詩

グラスが床に落ちて割れた。鋭い音が部屋中に響きわたる。多くのものを捨て去ったあとだったから、音は余計にその室内で残り続けたように思われた。弾け散ったグラスは、束の間とどまり、あとには消えている。か細くもたしかな震えが残していったのは、修復不能な破片。床に破片があっては生活に差し支えるので、素手でかき集め、掬い取る。小ぶりなグラスであったため、片付けにさして時間はかからなかった。不燃用のごみ箱に放り込む。その瞬間、左手の人差し指の違和感に気がついた。うっすらとだが一センチにも満たない切り傷ができていた。裂かれた皮膚からはほのかに血が滲み、圧迫してみれば、その線は克明になっていった。鈍い痛みは指先から体の中央へと伝わって、暖色の灯りに包まれた繊維は中空で舞って、窓から覗ける黒い樹冠は人知れず揺れて、ここは嫌に寒かった。食器棚の向こうで片割れのグラスが静かに収まっている。

作品について

ブラック・ミラーシリーズの中では過激度抑えめ、淡々とした印象のある本作。大切な人を亡くした女性が、最新技術で愛をよみがえらせようとする物語です。主題は、愛と喪失と孤独といったところでしょうか。恋愛における人間の代替可能性についてを、感情の揺らめきを通して考える。故人を復元することで、あの日を取り戻すことができるのか、岸の向こうに橋をかけることができるのか、果たして彼は本物なのかと問うている。

独りの時間を濃密にとらえている点がよかったです。田舎暮らし、自由業、喪中。閉鎖的な日々を一貫させることで、本作の主題であろう孤独がより一層際立っている。愛をめぐる葛藤をしめやかな個人の闘いとして描写するほうが、真実味を帯び、その意味において誠実だなと。淡泊になっていますが、過激な物語が多い本シリーズに、静かに感情と向き合う物語が添えられるのもおもしろいと思います。

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サン・ジュニペロ(シーズン3)

(C)“Black Mirror.” Credit: Courtesy of Netflix

散文詩

※若干のネタバレあり。ご注意ください。

波寄せる白浜に青い空はやさしく、瞬く海鳥がみずからの名前を刻んでいった。開け放たれたコテージの大きな窓で、白いレースのカーテンは風を手招いて、ソファが珊瑚の芳香に沁みていった。このあたたかくて時々つめたい感触は、ずっと私の夢だった。

煌めくネオンに宵が追いつくことはなかった。雑踏の中にあの人も立っていて、視線が合った。多くのものをかき分ける静寂。はじけた炭酸ジュースのように身を躍らせて、とろけるバターのように心を浸した。ふたつとない感慨は、ずっと私の夢だった。

私は病床に臥している。動けずにいる。ここではないずっと遠くへ行きたい。時間を忘れたい。お願い、会いに来て。

作品について

永いあいだ身体は動かせず、けれども精神が死んでいなかったとしたらどうだろう。想像したくないほど恐ろしくはないか。その場合、サン・ジュニペロがどれほど希望に満ちた世界であるか。一方で、身体に自由はあるが、精神を閉ざしていたとしたらどうだろう。忘れられない人の息遣いに耳元を覆われ、用意すべきだった言葉が絶えず脳裡を駆け巡る。精神がひとつである限り、命がひとつである限り、オルタナティブな世界などありえないのかもしれない。郷愁へと直に足を踏み入れることができるようになった時代で、精神に翼を与えるか、精神に溺れ死ぬか。本作は、この今際の際の物語だったのだと思います。

郷愁に満ち、可能性にひらかれた世界。素晴らしいところだけれど、侘しさを拭いきれない人物も登場していました。生まれ変わるわけではないがため、“唯一”と向き合い続けなければならないからでしょう。それでも、「一緒にやり直そうよ」と微笑みかけてくれる唯一の人と出会える世界でもあるわけで。だから、変化はあり得ると言いたいです。

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ランク社会(シーズン3)

(C)“Black Mirror.” Credit: Courtesy of Netflix

散文詩

ドレスを脱ぎ捨てた途端に繊維が舞って、銀の羽を纏っていたことに気がついた。子どもの頃に友人と作った人形のざらざらな輪郭に、やさしさの手触りを思いだした。いつも穏やかだった祖母がはじめてみせた拒絶の面差しが、部屋の隅でちらついた。肌に触れる距離にあって、目には映らなかったもの。海面に残された月のように静かに瞬いている。天地をつなぐ鷹のように遥か遠くから忽ちに迫りくる。君の微笑みが湛えた言葉が、いまでも疼く。

作品について

好きの最大瞬間風速でいえば、本作のエンドロール直前のシーンがシリーズ随一です。声なき声がついに口をついて人と人との間を震わす瞬間。心細さをおぼえるかもしれないけれど、同時に爽快感も伴う。そうした矛盾のなかに人間の美が宿っている。面倒くさいけれども、愛おしい。この気持ちは、やはり手放せないのではないでしょうか。

こちらの記事でもご紹介しています。
【Netflixオリジナルドラマ】『ランク社会』ブラックミラーs3

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ホテル・レヴェリー(シーズン7)

(C)“Black Mirror.” Credit: Courtesy of Netflix

散文詩

小学生の頃、ひとつ下の学年に、不思議な歩き方をする女性がいた。前に踏み出すと同時に腰を起点に体全体が鳩の首の上下運動のように浮き沈みし、右脚は頭の中央を軸とした円環を大仰に刻むのだ。歪で均整のない前進を一歩、また一歩と繰り返していて、無駄に多くのエネルギーを費やしていると傍からは見えたはずだ。歩行中に予期せぬ闖入があれば、猫の跳躍をみせるのではないかと思うほどであったが、野生のパフォーマンスを発揮できるわけがないので、勢いのままに身体は崩れ、ひとたび地面にどこかの部位が触れれば、一瞬にして粉々になってしまうのではないかという具合。ところが、よそよそしい足取りに似つかわず、面持ちは澄んでいた。前進が着実に遂行されるのを、校舎の廊下や下校中に見つけては、目が離せなかった。彼女はいつも独りで歩いていた。

私は彼女の名前を知らないし、一度も話したことがない。それでも、彼女の前進を見送るときや、歩く姿を思い出すときは、特別な時間を過ごしているように感じられた。私と彼女を取り巻くすべての人や物が止まっているかのような錯覚に陥るも、妙な高揚感があり、淋しくない。私は、彼女がこれから乗り越えていく困難を想像する。そして、私の中でひろがっていく彼女の密度に満ちたりた。誰からも、何からも、奪われることのない、彼女を霞める私だけの秘密だ。

作品について

作中の「タイムレス」という台詞が、アイコニックな言葉だと思っています。「時間を超越した」「不朽の」といった意味。ブラック・ミラーシリーズでは、“永久”の概念的恐怖を掻き立てる物語が少なくありませんが、本作では、その永久の境遇に陥ったふたりが、クロード・ドビュッシーの『月の光』が奏でられるなかで愛し合う姿が映されます。何もつけいる余地がなく、誰からも干渉(鑑賞)されない、ふたりだけの秘密に満ちた時。ずっとこのままでいたい。この類の言葉は、それが叶わない、その想いはいずれ綻ぶ、そうした予感が背後にあるからこそ嘆かわしく口にされるものであります。結局、終わる。この事実は、永久の恐怖から逃れるという観点からすれば救済であるはずです。誰もがどこかで終わりを求めている。それでも、ふたりの特別な時間には、外野が推し量るに余りある愛がありました。永久であってほしいと祈れるほど、あまりにもロマンチックな美しさがありました。

こちらの記事でもご紹介しています。
Netflixオリジナルドラマ『ブラックミラー|ホテル・レヴェリー』

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ユーロジー(シーズン7)

(C)“Black Mirror.” Credit: Courtesy of Netflix

散文詩

落陽の日差しが、君の頬を斜めに射していた。翳りある相貌に黒い髪が渓流の静粛な流れのように垂れ下がり、黙して頑なな巌さながら、その狭間で耳が屹立していた。揺らぐことのない瞳は、向こうを見据えていた。成すべきことを成すために、ひたむきであろうと決意したいつの日かの誓いを破らぬようにと。そよ風が君を撫でた。すると、荘重な口元は翼を広げ、こわばる双肩より前に胸が膨らみ、帰郷するかのごとく瞼は閉じられた。いまある時間のすべては、君のためにある。目を見開いて、私の存在に気がつくと、君の笑顔は琥珀色であった。

カウチに寝ころび目にする部屋は、爆ぜた名残りの色を引きずっていたのだが、次第に見慣れた光景を取り戻すと、あたりを深々とさせた。壁に掛かった古時計の秒針に遠い秘密が呼び戻される。ほかに、この空間を震わすものは何もなかった。窓の向こうで降りしきる雨に音もなく庭の池面が揺れていた。水底は光芒を待ちわびながら、いつまでも眠りについている。

作品について

写真から記憶を辿る物語。本シリーズで一番目か二番目か三番目かに好きです。生きているかも定かでなかった昔の人に、再会できるチャンスがあったとしても、私はきっとその場に赴かないだろう、と思うことがあります。幻滅したくないというよりも、記憶のなかに、秘密のなかに、留めておいていたほうが、その人との時間はより美しいものとして生き永らえると考えるから。他方、それは現実における死を意味するとも言えそうです。「存在しなくなる」のみならず、「孤独になる」も死であるということ。美のために死を許容する、そのようにして私は記憶を扱いたい。現実の断片が、記憶を呼び戻し、埋める。それは想起ではなくて想像、記憶に基づく幻想かもしれない。けれども、独りの君が今でもほら存在しているのだから、死と美が拮抗した現前に恍惚とする私がいるのだから、孤独であっても生きていけます。

終わりに

ブラック・ミラーのなかで、個人的に好きな物語を5つご紹介しました。バッドエンドの多い本シリーズに、たまに添えてある哀切なお話。私が見返したくなるのは、いつもこうした美しい物語です。今回のピックアップに共感してくださった方は、制作国が同じくイギリスの『モダンラブ』もおすすめです。こちらはAmazonのPrime Videoで配信中。本シリーズの「こじれた夫婦の待合室」は、以前ブログで紹介しました。よろしければご覧ください。【Amazonオリジナルドラマ】『モダン・ラブ』season2 episode6 感想

ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。

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