
イギリスとアメリカの合作映画『aftersun アフターサン』。シャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作です。英国アカデミー賞、インディペンデント・スピリット賞などの名だたる賞を受賞しており、日本でも公開時はミニシアター系映画として高い評判を得ていたと記憶しております。
大事件も、大失恋も、大災害も起こりません。ただ、トルコの海辺へバカンスにきたカラムとソフィ親子二人の時間の流れに目を凝らす。ソフィの指先、カラムの戸惑いを見逃さないように。
海の揺らめきに身をゆだねるような、貝殻の沈黙に耳を澄ますような、やさしさで満ちた静かな映画です。
散文詩と感想をしたためてまいります。
父の手触り
塵埃に埋もれるシーツの上の父の背中で、透明な産毛が呼吸のリズムに合せて僅かに靡いている。顔は見えない。白々とした窓の向こう、溶暗していた砂浜のその先を見据えている。電源の入っていないテレビの黒い画面や鏡の反射、幼い私の瞳は、あらゆる角度で父の姿を映し出す。ビデオテープに残された夏の大きな書物をめくると、整然としてあったはずの文字の配列が、波打つ蜃気楼に乱される。地平線を駆けた水飛沫も、鍵穴から覗いた女性の髪も、一緒に登壇してくれなかったこわばる肩も、水中カメラで撮ったプールの底の凝然も、肌に染み込んだ記憶となっている。父と同い年になった私は、その手触りを思い出す。部屋には、父が選んだ絨毯が敷かれている。
作品について
「あなたを知るには幼すぎた」。こちらは本作の日本版予告にでてくるキャッチフレーズ。美しい言葉だなとしみじみ思ったのを覚えています。それから何度も何度もその予告動画を見て好きになっていったのですが、はじめて鑑賞したのは公開日の翌年、動画配信がスタートしてからのことでした。あまりに刺さり過ぎて映画館で鑑賞しなかったことを悔やみましたが、ひとり部屋で味わうのにも適した映画だと自分に言い聞かせました。
本作が公開された年の夏には、映画『ファルコン・レイク』も公開されています。夏がつよく匂いたつじめじめとしたあの頃の記憶がよみがえるという心象において共鳴し、私にとってこの2作品はセットでかけがえのない映画です。
あなたを知るには幼すぎた――。間に合わなかったやさしさをみる映画として、本作において私がとりわけ感じたことについてしたためていきます。
反射する父の姿
印象的なのがあらゆる物に反射する父・カラムの姿です。電話ボックスのガラス、卓上ガラス、テレビ画面などなど。異なる角度、さまざまな明度の父の姿が映し出されては途切れるが繰り返されます。顕著だったのがホテルの部屋で娘・ソフィがベランダに立つ窓越しのカラムをビデオカメラで撮影する場面。しかし、この場面の映像は、直接カラムを映したものでもなければ、撮影者のソフィを映したものでもなく、およそ二人を三角形で結んだときのもう一点の場所に位置する棚に置かれたテレビ(画面はビデオカメラの映像とつながっている)とその脇にある姿見が占め、固定されている。そのテレビ画面や鏡の反射にカラムの姿がちらちらとあらわれるのです。この映画がカラムの孤独、ソフィとカラムの隔絶を表現したものであるとすれば、カラムの不明瞭性を特徴づける秀逸な演出だったといえます。
見つめるもの
ソフィが見つめる先は、おなじくバカンスに来ていた5歳ほど年上であろう男女のグループでした。肌の露出や接吻といった広義の性描写が散見されます。肉体的・精神的な成長、自身の延長線上にある人生に生き急ぐソフィの姿です。一方カラムは、空を漂うパラグライダーに海底へ沈みゆく潜水マスク、山のように積まれた風雅な絨毯に暗澹たる砂浜……、そしてソフィです。ソフィの見つめるものがカラムを含む他者だとすれば、カラムはというとその逆で、一貫して自身の内面だったように思います。当然ソフィを見つめはするもののこの場合、ソフィの瞳の奥に映る若き自分を見据えているかのようです。諭すように言葉を発し、慰めるように額を撫でて、自分とおなじ境遇に陥る可能性のあるソフィを見つめているのです。
喪失のあとに
バカンスということもあり、カラムもソフィも肌の露出、肌と肌との接触が多いです。背中に日焼け止めを塗ってくれる父の掌。手首を掴まれた際の脱出方法、自由を実践する父の腕(そして、やさしさ!!)。「自分らしく生きなさい」と語りかけながらおでこを撫でる父の指。絶えずその感触に晒されながらも、どうしてか父の存在感はあまりに乏しい。目に見える範囲にあって、手で触れられる距離にいた父を、31歳となったソフィはもうその身をもって感じることができない。間に合わないことに満ちている。あなたを知るには幼すぎた。
いま、ソフィは赤ちゃんと暮らしている。
おわりに
ひとりの時間が愛おしくなる。本作のような切実でやさしい映画をみると、そんな感慨に満たされます。間に合わなかった人生に、この映画をおすすめしたいです。
映画についてnoteでも書いています。
ご興味があれば、ぜひご覧ください。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。

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