
「美しき孤独のための6選」と題しまして、筆者がおすすめしたい単館映画を束ねました。
■千年女優
■異人たち
■007 スカイフォール
■ピアニスト
■ア・ゴースト・ストーリー
■ボーダーライン
「孤独」という言葉にどんな印象をお持ちでしょうか。ネガティブにとらえる方も少なくないと思います。ですが、筆者は思うんです。孤独にも美が宿ると。本記事はその想いを肯定してくれる映画をまとめています。気になる作品がありましたら、ぜひご覧くださいませ。
詩的映画文筆とは……
筆者の映画の鑑賞体験を
詩的に言語化した文章です。
映画『千年女優』今敏監督

十四日目の月
現在と過去、銀幕の中、そして私の世界。どれだけ時間が過ぎようと、どんなに場面が変わろうと、幾重にも折り重なる夜の皺で、おなじ月をみていた。終わりを予感させることのない十四日目の月。あなたと約束した、たったひとつの月。
闇がとろける霞の向こう、にじり寄る明かりのもとで、ある女と男が出会う。銃撃で、頬が朱に染まる。約束で、雪原が夢に満ちる。月が、あなたを永遠にする。あらゆるものが失われてしまうけれど、おなじ月が、心の底深くを、ずっと、やさしく照らす。だから、これでいいと思える、どこまでも行ける気がする。街を抜け、山を越え、天を翔け、宙を舞う。あなたが響かせる沈黙が、あらゆる出来事を物語にしてくれるのだ。
一度きりの出会いが、永遠の物語を紡ぐことがある。それは、日常に溶け合うことを望まず、現実の干渉を拒み、願望や期待に象られ、そして、孤独が運命づけられたわき目を振らないあくなき人生と結びつく。月光の針で縫い止められては、こころよく白い糸を手繰るのだ。息をのむ気配と、セピア色の心象が符合し、まどろみにあなたの姿が立ち昇る。官能が葬られ、情熱が凍結した黙然とする絵画の中の肖像に、あなたの言葉を語らせる。接触が叶うことのない人物との蜜月のとき、人は物語に愛を託すのだろう。どこか遠い星の世界まで、果てしなく、独り旅をつづけながら。
映画『異人たち』アンドリュー・ヘイ監督

君の縁
東雲を見据える瞳。絡みのたうつ手。照らつく瑞々しい肢体。哀しみを知る唇。時として、人ひとりの重みは、世界のそれに匹敵する。雲霧を穿つ峰々より高く、人魚が眠る幾層もの闇より深い。日の光は、人を照らすから、美しい。
寂寥を纏う人がいる。雨は止まない。けれど、その人は、果てしなく、やさしい。独り佇む者の漂わせる気配に、散らばった孤独が引き戻される。懐かしい匂いに澱む部屋で、在りし日のか細い願いを思い出す。濡れた服を脱ぐ動作から、煙立つマグカップを胸元によせる手つきから、宛てなく彷徨う視線から、満ち満ちて塞きあえぬ静かな叫びがこぼれてくる。遺骨の残滓ほど儚い人の名残りを掬い取ろうとするやさしい姿勢で、霞む声に耳を澄ませ、瞬く表情に目を凝らし、頼りない温もりに肌を寄せれば、生の世界にも死の世界にも属さない、時間に取り残された人たちとの夢があらわれる。
青白い光が足元を照らす夜の端。蘇る感情に言葉で輪郭を与えるように、消えかかりそうな君の縁を指先でなぞる。この感触の名前は知っていた。愛だ。
映画『007 スカイフォール』サム・メンデス監督

美しい孤独
影が、部屋の隅から、ゆっくりとあたりを包む。皮が剥がれ落ちた木製の椅子は、おもむろに色を閉ざしていく。鳴啼を吸いとる綿のカーテンは、窓の向こうで微風に揺らめく木々の葉と、静かに呼応する。埃が舞う。無為に、ちらちらと。絨毯の縺れ、積もり重なった塵、抜け落ちた体毛などが、頬をなでては、纏わりつく。しみが散らばる手は、物を探すことを諦め、むくんだ足の指先は、地面の踏みしめ方を忘れている。
無尽蔵かと思われた眠れぬ好奇心は、爬行する惰性の時間に呑まれ、かつてあれほどまでに滾っていた強い意志は、裏切りの記憶にひれ伏した。私を歓迎するのは、酒瓶の底にできた澱の王国だけだった。あまねいていた炎は消え失せた。
だが、いずれまた、立ち上がる。力が入らないのであれば、這ってでも、前に進んでいく。なるほどたしかに、多くの不信は世に憚る。次第に身体の節々も衰えていくだろう。しかし、それにより、どれだけ影に隠されようと、どんなに深く沈もうと、心という心は、燃える。火種そのものが消えることは決してない。生ある限り、走り、抱き、叫び、抗い、求め。人生に屈しはしないのだ。
黎明はひろがる――私だけの、美しい孤独。
映画『ピアニスト』ミヒャエル・ハネケ監督

薔薇密室
艶やかなピアノ、額縁の肖像画、木製の椅子、重厚な扉……あらゆる設えが制御されている白い部屋。均整のとれ、不純物の介在を許さない、ヴィルヘルム・ハンマースホイが描く雄弁な沈黙を湛えた室内のように、静謐。絵画と違う点は、鍵盤から音色が鳴り響くことと、ふたり以上の人物が居合わせること。そして何よりも、清廉でないこと。
透明なレースのカーテンの向こう、開け放たれた窓、展がる街と人。忙しない背広、どこへいく。リードに繋がれておいて犬よ、何がおもしろい。この雑踏で、なぜそうも肩をならべて歩きたがるのか。わからない。結局のところ、何ひとつわからない。――薔薇密室。皆川博子が短編集『結ぶ』に残したこの絢爛の美は、透きとおる遠い記憶、誰も決して触れることのできない夢にこそ宿っていた。秘密のなかで、赤く、鋭く、薔薇は、薔薇であった。
伴奏に、血が疼く。音色に切り裂かれる皮膚、滴る狂気。こぼれて空になるまえに、もっと真剣に掬い取ってほしかった。この薔薇、本当に綺麗なのに。
映画『ア・ゴースト・ストーリー』デヴィッド・ロウリー監督

幽かな気配
物音ひとつない家の中、ひとりの女性。テーブルの上を滑らせた手は、紙片をやさしく掬う。寡黙な伶人のような落ち着きあるまなざしが、綴られた言葉を追っていく。やがて、紙片はごみ箱に投げ捨てられる。
――透明なガラス、綿のカーテン、頑丈にできた重たいドアの向こうで、今日も秘密が眠りについている。十分なやさしさを伴って、しめやかに、壮麗に。世界のあらゆる場所は、こうして夢から醒めないでいるのだろう。中空で踊る光の塵。静かに微笑む陶器の人形。蔦が這って伸びる寂れた家屋。風が届けてくれた名もなきバイオリンの音色。太陽の染み込む大きな雲。思いつめた表情で読書に耽る人。それらの漂わせる気配に包まれるたび、遠い記憶、忘れていた時間といった、とても愛おしいものを取り戻していくかのような感覚になる。
けれど、いずれ消えてしまう。壊されて、忘れさられて、死んで。世界になかったことになってしまう。君も、僕も、すべて。
だから、幽かな気配が体をくるんでいてくれる間だけは、君の呼吸が僕の心を撫でていてくれる間だけは、どうか一緒にいてほしいと思うんだ。
映画『ボーダーライン』ドゥニ・ヴィルヌーブ監督

深淵をみつめる
慎重な手つきでスーツをたたむ仕草からは読み取れない。おもんぱかり言葉を選ぶ姿勢からは考えられない。どれだけ想像を膨らましても、誰にも決して到達しえない、ずっと遠くのほうにある、深淵。高邁な武勇で強靭になった肉体も、物事を見透かす背徳的な社会性も超然としたアレハンドロの双眸は、そこに足を踏み入れたときにおいてのみ震えていた。はじめてその揺らめきと、粘度が異常な執念を見たとき、復讐はありえるのかもしれないと思った。自らの意思で人殺しになれる者は、それを経験したことのない者よりも、命の重みを知っているに違いない。一歩、また一歩と闇を受け入れ乱していく足取りが、とても美しく見えてしまうのは、そこに“真剣さ”が滲んでいるからだろう。


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