
艶やかなピアノ、額縁の肖像画、木製の椅子、重厚な扉……あらゆる設えが制御されている白い部屋。均整のとれ、不純物の介在を許さない、ヴィルヘルム・ハンマースホイが描く雄弁な沈黙を湛えた室内のように、静謐。絵画と違う点は、鍵盤から音色が鳴り響くことと、ふたり以上の人物が居合わせること。そして何よりも、清廉でないこと。
透明なレースのカーテンの向こう、開け放たれた窓、展がる街と人。忙しない背広、どこへいく。リードに繋がれておいて犬よ、何がおもしろい。この雑踏で、なぜそうも肩をならべて歩きたがるのか。わからない。結局のところ、何ひとつわからない。――薔薇密室。皆川博子が短編集『結ぶ』に残したこの絢爛の美は、透きとおる遠い記憶、誰も決して触れることのできない夢にこそ宿っていた。秘密のなかで、赤く、鋭く、薔薇は、薔薇であった。
伴奏に、血が疼く。音色に切り裂かれる皮膚、滴る狂気。零れて、空になるまえに、もっと真剣に掬い取ってほしかった。この薔薇、本当に綺麗なのに。
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