ジブリ作品『海がきこえる』の感想/紹介記事です。
氷室冴子さんの小説『海がきこえる』を原作としており、本作では、その原作の2/3くらいの物語を映像化していて、高校生の三角関係を主軸とした構成になっています。大学生パートである残り1/3と、続編である小説『海がきこえるⅡ アイがあるから』もあわせて読むとこの作品をより味わうことができます。テレビドラマ化もされていますね。
わたしはこの作品が大好きでして、アニメ作品も小説も繰り返し堪能しております。夏になるときまって思い出すんですよね。
高知を舞台に、杜崎拓、武藤里伽子、松野豊、3人の三角関係を軸として、淡い恋愛と友情が描かれます。「淡い」という言葉がぴったりな作品だと思います。若者の、多感であるゆえの不安定さ、か弱さが見事にあらわされていると思うからです。
ひたむきで誠実、だからこその危うさと尊さがある。この作品を観ることで、一所懸命に生き抜いていたあの頃の自分を思い返すことがでる。
”わたしの意思”が確かにあったことを、いっしょに辿っていきましょう。
(※ネタバレを含みます、おおいに執筆者の主観がまじっていることをご留意ください)
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あらすじ
高知の進学校から東京の大学に進学した杜崎拓は、吉祥寺駅のホームで武藤里伽子に似た女性を見かける。だが、里伽子は高知の大学へ行ったのではなかったのか?初めての夏休み、同窓会のために帰省する飛行機の中で、拓の思いは自然と里伽子と出会ったあの2年前の夏の日へと戻って行った。季節外れに東京から転校して来た里伽子との出会い、ハワイへの修学旅行、里伽子と2人だけの東京旅行、親友と喧嘩別れした文化祭。ほろ苦い記憶をたどりながら、拓は里伽子との思い出を振り返っていく。
引用:Wikipedia
ラスト以外は、杜崎拓の回想形式で物語が進行していきます。
高知への帰省のために電車のホームで待つ拓、向こうのホームでは、同級生であった武藤里伽子が立っていた。行き違いになった拓は飛行機にて、高校生時代を思い出す。武藤のこと、松野のこと、そして自分のことを。
なにかがきっかけで、過去を思い返すときってあります。たしかに過去はあった。
”いまを生きる”は大切だけれど、どうしても手放せないものがある。恐怖、罪、恥、悔恨、ほとんどが嫌なことだ。けれども、思い出せはしなくとも、良いこともたくさんあった。そして、そこにはいつだって、その時は”最善”だったわたしの意思がある。
この作品は
拓が自分の意思に気づくまでの物語です。
以下に、それぞれの登場人物について、この作品のメッセージを考えていきます。
杜崎拓について
「傍観者」杜崎拓です。
拓は仲間思い、中学生の頃はクラス有志の代表として教師に意見したりするしっかり者です。ただ、自発性に乏しいんですね。
自分から行う、というよりも頼まれたからやるだったり、社会規範のためにみたいな感じで、自身の行動を外部要因に委ねているふしがあります。
たとえば…
・修学旅行中止の決定への反対運動に
頼まれたから参加
・松野に誘われたからバイトを切り上げる
・里伽子に頼まれたから金を貸す
など。他者に振り回されまくっています。
自分の意思ではなく、外部からの働きかけによってうごいているってことですね。
頼もしいということで立派ではあります、ただ、どこか他人事感があるんです。
他人のため、周りのため
→他人のせい、周りのせい
にもなり得るわけですから、周りにとっても、拓自身にとっても少なからず危険性を孕んでいる。
自分の意思を気づこうとせず、ただ傍観者に徹している
そんな杜崎拓でございます。
武藤里伽子について
「傍若無人」武藤里伽子です。
里伽子は、拓とは対照的に自分勝手です、わがままです、我がままとも書けますね。
意思決定のよりどころは、常に自分自身です
それで孤立しようとも、煙たがれようとも、あっけらかんとしている。
遠慮をしないですので、チームプレイが求められる場合はやや問題がありそうですが、こと自分の人生を大切にするということに関すれば、里伽子のスタンスは尊敬できます。
他者を欺いてでも、自分の意思に素直に行動する。観ていて気持ちいいぐらいに、それを譲らないんですね、本当にかっこいい。
そこに拓とは別の立派さがあります。
劇中では、拓と松野に借りたお金をもとに、東京にいる父に会いに行きます。父に会いたい、東京に戻りたい。こうした自分の意思を大切にするのにひたむきです。
そんな武藤里伽子でございます。
松野豊について
「達観者」松野豊です。
松野は3人のなかで、いわゆる”おとな”です。拓の傍観者、里伽子の傍若無人も理解しています。その背景までをも考えて、ちゃんと行動しているように思います。
達観しているんですね。
クラス委員も務めるほどのしっかりもので、修学旅行中止の件に関し、自分の意思をちゃんと表明でき、全生徒の前で挙手するほどの勇気もある。拓と里伽子の長所をもちあわし、それでいて短所もカバーできている、そんな感じの性格です。
冷静に、自分のことと、他者のことを見極めて、総合的に考え行動のできる賢さとやさしさがある
あと、里伽子が好きで、誠実に告白するも、盛大にふられています。
そんな松野豊でございます。
愛ある打撃
3人の主要人物についてを紹介しました。
意思がない(気づかない、知ろうとしない) ⇒ 杜崎拓
意思がある(主体的に行動する) ⇒ 武藤里伽子、松野豊
と整理ができます。
里伽子と松野は自分のために行動しているが、拓は他人のために行動しています
では、あらすじのとこで書きました”拓が自分の意思に気づくまでの物語”。この拓の気づけずにいた意思とはなにか。
それは…
里伽子への愛、好きという気持ち
里伽子に出逢い、ハワイで話し、東京で振り回されて拓は里伽子を好きになる。
けれど、”傍観者”だからこそ、そのことに自分で気づかない、知ろうとしないんですね。では、なぜ拓は”傍観者”に徹するのか、そこにこの作品のドラマ性があります。
その理由は、里伽子への愛よりも、松野との友情を優先したからであります。
松野は里伽子が好きなんですね。
見事な三角関係であります。
拓自身の性格もありますが、一番の原因はそこだと解釈できます。自分も里伽子が好きなのに、でも、松野も里伽子が好きだから、松野に遠慮をする。
そのことが顕著にあらわれるのが、劇中後半の里伽子が校舎裏でつるしあげにあってるシーンです。文化祭の出し物をさぼる里伽子が、女性グループに責めらるんですが、里伽子は腕を組みひるまず反論しています、その場面を拓が盗み聞きしているというシチュエーション。
さすが杜崎拓、ここでも傍観をかまします。
この後がたまらなく最高のシーンです、なんでかって拓が2回も殴られますからね。殴られた理由はふたつとも同じです。
拓が傍観者でいること、すなわち、自分の意思を大切にしていないから。
里伽子による…
「助けてよ、私のこと好きなんでしょ」のビンタ
松野による…
「自分のために生きろよ」のパンチ
を拓はくらうんですね。
どちらも、助けるべきだったという社会規範的(拓っぽい)な理由で殴ったのではなく、自分の意思に蓋をして、いつまでも傍観者に徹する杜崎拓に対する怒りと悲しみの打撃であります。
とくに松野の一撃は美しい。
「遠慮してくれてありがとう」ではなく、「遠慮するなバカやろう」ということです。達観者松野は、拓の里伽子が好きという気持ちも、拓が自分に遠慮していることも知っているのです。やはり、松野は”おとな”です、自分のことだけでなく、里伽子、そして拓のことを思えるのですから。
殴られた拓、怒ってもいいはずです「なにも殴ることはないだろ!!」と。ただ、そうしないのは、拓も薄々、自分の意思に気づいていたからでありますね。
情けや遠慮が、ひとを傷つけることがある。他人のための行動がゆきつく先は、自分に対する嘘になる。限界はあるのですもの、風邪をひいたら寝込むように、自分の血は自分のために流れるように。
自分のためでない限り、
愛情も友情も報われない
杜崎拓は、武藤里伽子に対する愛情と松野豊に対する友情に、そのことを気づかされたのだと思います。
自分の意思をとりもどす、変化がはじまる
ここまでの展開は、終盤まで、拓の回想としてあらわされています。思い出すことは、過去に解釈をくわえるということだと思います。
あの時、わたしはああではなくて、ああしたかったんだ。あの時、わたしがああしてよかったな…という具合に。
そうして自分の意思に向き合いはじめた拓は、また高知にもどります。傍観者ではなく、当事者として、過去と対峙するわけであります。
松野との港、同窓会にて…
「好きだった」を代表的に、あらゆる反省と告白がくりひろげられる。そうやって自分の意思を取り戻す。
ライトアップで照らされる高知城を仰ぎ見つつ、拓は自分の意思を大切に、これからを生きはじめる。
まとめ
杜崎拓、武藤里伽子、松野豊の三角関係を辿り、自分の意思の大切さを知ることのできる素敵な作品です。
わたしはよく後悔をします。過去がやみません。ですが、こう思うようになりました。あのとき、あの瞬間の行動は、わたしにとって最善だった。一所懸命に生きていた過去のわたしを否定していいのだろうか…と。
後悔は解釈であって、それに気づけたのであれば、自分の意思に向き合えたのなら、そこからは、これからは理想に満ちた変化がつづく。
そう思います。
・淡い恋愛を堪能したい人
・ヒューマンドラマが好きな人
・傍観者みたいな人生をおくってきた人
・高知弁が好きな人
におすすめです。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。
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